2013年08月28日

1つの英文を会話で使えるようにするとは?

 先ほど取り上げた、He ( take ) Mika to the zoo yesterday.は、takeをtookにすれば正解だと言われ、丸をもらいます。

 もし英会話を身につけようと思うなら、英文を見ないで言えるようにすることが必要です。会話するとき目の前に英文がぶら下がっていて、それを読むわけではないからです。

 カラオケで歌詞を見ながら歌うと、その歌詞をなかなか覚えないのと同じで、「見ないで言う」ことが必要になります。さらにこの文の疑問文と肯定文も言えるようにしたいものです。

 He didn’t take Mika to the zoo yesterday.

 Did he take Mika to the zoo yesterday?



 また、この文は過去時制でだけ使うわけではありませんから、時制を変えて、

 He sometimes takes Mika to the zoo.

 He will take Mika to the zoo tomorrow.

 He has already taken Mika to the zoo

 He is taking Mika to the zoo now.

 を見ないで言えるようにします。それプラス、それぞれの時制の疑問文と否定文も言えるようにします。



 さらに、人や場所などを変えます。

 I took Rie to the zoo yesterday.

 Rie took him to the shopping mall last week.

 They will take my son to the airport.

 これを実際の会話で状況に応じて使っていくことになります。



 私たちは、こういった会話に対応できるような訓練をしていません。yesterday が過去の出来事だから take を過去形の took にして終りです。

 あるいは一語一語日本語に変換して「昨日私はリエを動物園に連れて行きました」と頭の中で訳し、日本語で理解できたからOKにしています。

 長文読解ではこれで十分です。ただこのプロセスでは会話に役立つようなことは一切していませんでした。私たちが英会話を苦手とするのは、単純に学校でやっていないことが大きな原因の1つです
posted by 佐藤 at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

空洞化した英語

 中学の英語の教科書は学年ごと、学期ごとに学習する文法事項や単語が決まっています。日本のどこに住んでいても等しい教育を受け、また、等しい条件で能力を測るためです。

 今まで述べてきたように、英語の準拠版ドリルは教科書に沿って厳しく文法事項や単語に制限を設けて作成しているので、教科書の英語を覚えるのには最適です。

 中間・期末試験の前に、またはテスト範囲の英語を復習するのに、準拠版ドリルをやっておけば試験に出そうな箇所を効率よく勉強できます。

 ただ英語全般を俯瞰して見たとき、いわゆる中学レベルと言われる初歩レベル(あるいは beginners’ level、basic level)の英語は中学で学んだ教科書3冊分ほどしかありません

 これは英語全体で見たときに、あまりにも少なすぎます。塾や通信教育でさらに英語を勉強している子はもっと多いかもしれませんが、それでも英語全体から見たらごくわずかです。

 しかもその英語は、英単語の意味を日本語で覚え、読んだ先から日本語に変換し、変換した日本語で意味をとっています

 英語から日本語に変換して意味をとる回路で対応しているので、英語そのものがほとんど頭の中に残っていません。

 発音もローマ字読みしています。高校に行って大学受験用に難しい英文を読むための回路です。会話の部分はごそっと抜けています

 数年後の大学受験では環境問題や文化の話題などが取り上げられ、いきなり成人レベルの話題を読まされて読解の能力を競わされるので、日本語の助けを借りて読んで理解します

 4技能の英語を身につけることが完成品だとすると、中学の段階で基礎工事のガタガタな英語を身につけています。大学受験の長文読解用としては基礎がしっかりできていると言えるかもしれません。
posted by 佐藤 at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の世代の英語は空洞化したまま?

 多くの人がこの基礎工事がガタガタの英語を土台にしてその上に立派な家(大学受験、TOEIC、TOEFL、英検など)を建てようとしています。

 私たちの世代の人たちは、大人になっても抜けている初級レベルの英語を埋め合わせていないので、完全に英語が空洞化しているのです。

 私たちは学校の英語教育を通ってきているので、能力アップ、実力アップ、学力アップ、得点アップ、偏差値アップ、ついでに自信もアップと上へ上へと縦のイメージで勉強をしています

 ところが語学は本来横の広がりとして捉え、簡単な英語をたくさん聞いたり話したり、読んだり書いたほうがいいのではないでしょうか? 

 そして英語そのものを蓄積させていき、その蓄積させた英語を使って話したり書いたりするのです

 特に会話は、図書館で本を借りることや空港でチケットを買うこと、道案内をすることなど、優劣をつける必要などありません。

 いわゆる中学レベルの英語(自分で簡単だと思えるような英語)をたくさんこなしていくのがいいと思います。

 この際、大切なことは日本語にしないということです。英語を日本語に変換しないで、英語そのものを頭の中に蓄積させ、その残っている英語を使って話したり書いたりします

 そして、ある程度英語を英語のまま理解することができるようになってから、少し自分にとって難しいと思える英字新聞や、小説、CNNのニュース番組などを読んだり聞いたりしてはどうでしょうか?

 齢40も過ぎて思うことは、英語も含め外国語を学ぶとき、覚える単語の量が膨大だということです。

 そして、1つの文は、その単語の組み合わせからできていて、さらにその英文の組み合わせが、物語になり、新聞記事になり、会話になり、映画のセリフになります。まさに無限大×無限大です。

 私たちの多くは大学受験を目標に英語を勉強してきました。つまり最終目標が長文読解だと言うことです。大学受験など眼中にない人も学歴社会の大きな流れの中で英語を勉強してきました。

 外人と英語を使ってコミュニケーションをとるなど全くと言っていいほど考えていなかったのではないでしょうか?

 もし今、身につけたい技能が会話(リスニングとスピーキング)なら、まず空洞化しているいわゆる中学レベルの英語を埋めてはどうでしょうか

 ガタガタの基礎工事をしっかりしたコンクリートの土台にするのです。
posted by 佐藤 at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月27日

中学英語ができるというプライド

 昔から日本人は英語ができないと言われてきました。そしてその英語とは英会話のことを指していることがほとんどでした。

 その理由はいろいろあるのでしょうがよく言われていたのが、欧米人に対するコンプレックスでした。明治時代に近代化をはかるべく欧化政策をとって外国を崇拝しました。

 その憧れから来るものだと言われています。

 翻って今、私たちの英語を見たときに、そういうコンプレックスも多少はあるのかもしれませんが、中学英語ができるというプライドが英語学習の妨げになっている気がしてなりません。

 中学英語のような簡単な英語は、わかるからやらなくてもいいという判断です。

 ところがこれまでに見てきたように、中学英語がわかるとは、単語の意味を日本語で覚えて読んだ先から日本語に変換し、変換した日本語で容易に意味がとれるということです

 中学時代、外人と話す機会などなかったので、中学の教科書に載っているようなことを英語で言えないし、音読しても果たしてどれだけの人が正しく発音できるでしょうか?

 例えば中3の教科書の英語を聞いたときにすべて聞き取れるでしょうか?同じような内容を英語で言えるでしょうか?できない人が多いと思います。

 これは能力の問題ではなく、単に学校でやっていないのです。会話(リスニングとスピーキング)やライティングは、○○レベルと分類する以前に、何もやっていないのです

 偏差値教育の中で縦のイメージで英語を勉強しているので、日本語に訳して容易に意味がとれるからと、中学レベルの英語は飛ばして、その上のレベルの英語に挑もうとします。

 まず、英語を横の広がりとして捉え、中学レベルくらいの内容が容易に理解できる英語をたくさん聞いたり読んだり話したり書いたりしてはどうでしょうか?
posted by 佐藤 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

記憶喪失やSFまで許容して問題を作るか

 準拠版ドリルの作成は2年生のものが一番苦労すると述べましたが、いろいろな意味で無理が生じるのが1年生の問題作成だったりします。

 学習内容が簡単であればあるほど使える単語や文法が限られてくるために、英文や日本文に無理矢理感がにじみ出てしまうことも多いのです。

 たとえば、1年生の最初のほうでbe動詞と一般動詞の肯定文と疑問文・否定文を習うのですが、あるとき、I am a student.という文を疑問文にしなさいという問題を作ろうとして、はたと手の動きが止まりました。

 単純に考えれば、be動詞の文を疑問文にする場合はbe動詞を文頭に持ってくればいいので、

 I am a student.(疑問文に)  (解答)Am I a student?

 とすればいいわけです。

 ところがこの文章、「私は生徒ですか?」という意味になり、まるで記憶喪失の人のセリフのようです。

 この文は文法的に間違っているわけではなく、また、「私はだれ、ここはどこ」のような冗談だと思えば日常使わないわけではありません。しかし、悩んだ結果、私はこの問題を採用しませんでした。

 英語としては間違いでもなく、使う可能性もあるのですが、特殊な状況は考慮して作らないという、自分の中の暗黙の了解があります。

 また、夢物語のような問題文も作りません。

 I ( live ) in space when I was a child. (解答)lived

 「私は子どものとき、宇宙に住んでいました」という意味で、過去時制を問う問題です。

 英語としては何の間違いもない文ですが、やはり躊躇します。SFやホラーまで許容すると、上の問題文でもOKですが、

 I ( live ) in New York when I was a child.

 という無難な英文にします。

 教科書に準拠したドリルだということが、暗黙のうちにSF的な英文を作らせないようにしているのでしょう。

 これが高校生だと、仮定法を習うので、現在や過去の事実に反して仮定することができ、途方もない話題を問題文にすることができるのですが……。
posted by 佐藤 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

単語を覚えるとは?

 私は中学1年から義務教育として英語を習い始め、同時に英単語を覚え始めました。1つ1つの英単語の意味を日本語で覚え、発音はほとんど覚えた記憶がありません

 当時はそうするものだと思い、何の疑いも持っていませんでした。

 今、いろいろ英語教材を作り、英語も教えて、洋書も読み、外国人と話して思うことは、本当に「英単語の意味を日本語で覚えて、発音はローマ字読み」していていいのだろうかということです。

 私たちは当然のように英和辞書を使って日本語の意味を覚えていますが、英単語を覚えるとはいったいどういうことなのでしょうか?
posted by 佐藤 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

学生時代の英単語の覚え方

 中学のときは試験範囲というものがあって、学校で習っていないものは試験にも出ないし、覚える必要性も感じていませんでした。

 わざわざ辞書を引いて確認しなくても、試験前に教科書の巻末の単語一覧表に載っている日本語の意味を覚えて事足りると思っていました。

 そして英語はあくまでも学校の主要5科目の1つであって、いい高校に行くためには英語でいい成績をとる必要がありました。

 当時英語を使って外国人と話そうとか、映画を字幕なしで見たいとか、洋書を読めるようになりたいなど夢にも思っていませんでした。

 ところが高校でいきなり分厚い英和辞書を使うことになり、試験範囲も広くなり、英語を読む量も増えて、何をどうしていいのか戸惑ったことを覚えています。

 この辞書に載っていることのどこまでを覚える必要があるのか、まったくわかりませんでした。

 教科書で使われている単語を抜き出し、その横に教科書で使われている日本語の意味を辞書で調べて書きました。辞書に載っている例文も書いたと記憶しています。とても時間のかかる作業でした。
posted by 佐藤 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

単語テストに正解する

 読者のみなさんのほぼ全員が、中学や高校のころ単語テストを受けたことがあると思います。単語を正しく覚えているか確認するテストです。

 英単語の意味を日本語で書いたり、あるいは日本語の意味を見て、英単語を正しいスペルで書いて点数をつけてもらうという形式のものだったと思います。

 私たちにとって単語を知っているとは、正しいスペルを覚え、単語の意味を日本語で覚えていることでした。

 それが正解と言われ、発音はどうでもよかったのです。おそらく多くの人が単語を覚えるというのを、この単語テストに正解することだと思っているのではないでしょうか。

 大学受験の時もそうでした。私が高校3年のとき、『出る単』が流行っていました。この単語集は大学入試の英語問題に出る頻度が高い順に単語が紹介されているものでした。

 『出る単』を見ながら友だち同士で、どちらが単語を覚えているか競い合ったりしていました。

 「allow の意味は何だ?」と1人がたずね、もう1人が「許す、許可する」と日本語の意味を答えられると、allow という単語の意味を知っているなとみなされました。

 発音はローマ字読みして「アロウ」と言っていたと思います。でも発音などテストで問題にならなかったのでお構いなしでした。

 私たちは長文読解を目標に英語を勉強してきたので、allow を「アラウ」と発音しようが「アロウ」と発音しようが英文を読むのには発音などどうでもいいことでした。
posted by 佐藤 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本語を介さずに英語を身につけるには

 英語に限らず外国語を習得するのは大変なことで、何か強い動機がないと継続できません。

 英語の達人と言われる男性の中には、ちょっとエッチな洋書を読んで英語を覚えたという人がいます。

 また、アメリカ人やイギリス人などの英語を母国語とするネイティブの彼氏や彼女のおかげで、英語がしゃべれるようになったという人の話もよく耳にします。

 これは人間のどうしようもない性衝動を利用した、ある意味、学習動機としては最強の勉強法だと思います。

 たとえば caress という単語があります。学校では習わない単語だし、知らない人のほうが多いと思いますが、「愛撫する」という意味です。

 今、この単語を覚えたとして、たとえば後日、洋書を読んでいて caress を見つけたとします。

 するとまず「愛撫する」という日本語が浮かび、その次にそれに関連するイメージが頭に浮かび、それで何がしか動揺するという過程を経ます。

 これは caress を理解するのに日本語を介してイメージにたどり着くという回路を経由しています。caress を見てすぐに関連するイメージが浮かぶことが英語を英語のまま理解することになるのです。

 一方、日本語になっている英語は、すでに日本人にはイメージや感覚と直結しやすいと思います。baseball と聞くと、日本語の意味の「野球」が出てきて、その次にその野球に関連するイメージが浮かぶでしょう。

 人によっては「野球」という日本語を介さずに、イチローがヒットを打っているところや松坂が三振をとっているところなど具体的なイメージを baseball から直接思い浮かべるかもしれません。

 また、beautiful と聞くと、「美しい」という日本語よりも、美しい女性のイメージや、美しい景色やドレスなどが浮かぶ人は多いのではないでしょうか。

 日本語の「美しい」を聞いたときと同じイメージというか、感覚が浮かんでいると思います。

 英語をかなり勉強し、会話や本のなかで beautiful を聞いたり、読んだり、あるいは自分でも言ったり書いたりしているうちに、映像ではなく、beautiful scenery や beautiful woman、beautiful weather など、関連した語もすぐ浮かんでくるようになります。

 この単語とイメージが直結すること、また、ほかの関連語も一緒に浮かんでくることが baseball やbeautiful だけでなく、indicate や reconciliation などの単語でも起これば、日本語を排除して英語で英語を理解する思考に限りなく近づくことになります。

 ここまでくれば、英語のレベルとしてはかなり高いと言えます。日本語を介さず内容を取れるという本来の言葉の回路になります。

 英単語の意味を日本語で覚えるから、どんな英語を読んでも、どんな英語を聞いても、自動的に日本語に変換されてしまうのです

 この母国語である日本語を介さず英語を直接理解する、あるいは頭の中から日本語の迂回路を取り除くための1つの手段として、英英辞書をすすめます。
posted by 佐藤 at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

電子辞書は強力な助っ人

 昨今は電子辞書が普及し、1台の電子辞書に英和辞書と英英辞書、和英辞書が収録されています。

 英和から英英辞書にジャンプできる機能がついていますから、初めは英和で単語を調べ、その同じ単語を英英辞書で確認することもできます。

 慣れないうちは面倒かもしれませんが、日本語の意味だけではわからないその単語のニュアンスがわかって、より理解が深まります。

 英英辞書で英語の説明を読むのに慣れてきたら、徐々に英和で調べる回数を減らし、英英辞書に移行していきましょう。日本語を介さないことを心がけ、日本語に訳すというプロセスを省くのです

 たとえば、

 We are seeking a versatile writer who can handle a wide range of assignments, from editing, proof-reading, original creative content and business proposals.

 という英文を読んでいて versatile という単語があったとします。

 これを英和辞書(ジーニアス英和辞典)で引くと「多面的な才能がある、多芸の」という日本語訳がついています。

 ここで多くの人は、versatile は「多面的な才能がある、多芸の」という意味だと知り、この単語を理解し習得したと思います

 ところがこれをオックスフォード英英辞典で調べると

 (of a person) able to do many different things

 と説明されています。翻訳家や通訳者でないかぎり、versatile を「多面的な才能がある、多芸の」のように日本語に訳す機会はありません

 able to do many different things のほうが簡単に思えます。いろいろなことができる writer を探しているんだなあとわかります。

 あるいは頭の中で They are looking for a writer who can do many different things. ぐらいに捉えてもいいと思います。

 この versatile を類語辞典で調べると gifted、talented や all-round と同じような意味だと載っています。gifted や talented だと才能があるイメージがすぐわくと思います。

 また all-roundは、野球でどのポジションでも守れる人という意味で「オールラウンドプレーヤー」と言われているので、何でもできるライターなんだなとイメージが沸きやすいと思います。

 また、versatile の例文をのぞくと、

He's a versatile actor who has played a wide variety of parts. とあります。

 この例文を読んで覚えますそのあと目をつぶってその例文を声に出して再現してみましょう。そう簡単にはできないと思います。

 少しすると忘れると思いますが、英語を日本語に訳すのではなく、英語そのものを頭に蓄積させるとは、一時でも自分の頭の中に英語を残そうとすることです

 そうして「多面的な才能がある、多芸の」という日本語を外していくことです。
posted by 佐藤 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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