2013年08月29日

戦後、動機なき英語がさ迷う。

 15年以上前、塾で英語を教えていたときのことです。

 英語ができないと自他ともに認めていた生徒から、どうして自分は英語が嫌いなのに勉強しなければいけないのか、と尋ねられたことがありました。

 学校の科目になっているから、という答え方では「なんで学校の科目になっているの?」と返されるのは容易に想像できます。

 そこで、海外旅行のとき便利だとか、洋画が字幕なしで見られるとか、英語の成績がいいと受験のときに有利だとか、いろいろな国の人とコミュニケーションがとれて世界が広がるよ、と答えました。

 すると彼は、自分は海外旅行なんか行かないし、洋画だって字幕で十分だし、もちろん洋書なんか読まないし、外国人の友だちもいらない、いい高校にも行きたくないし、人生の修行はほかにもあると言うのです。

 そのあと、どう答えたかははっきりと覚えてないのですが、この問いかけ自体はずっと私の心に引っかかっていていました。なぜ私たちは英語を学ぶのでしょうか?

 外国語を学ぶ動機は諸々ありますが、私自身は大きく2つあると思っています。

 ひとつは個人が興味や関心から自発的に学ぶ場合

 例えばフランス映画が好きだからフランス語を学ぶとか、韓流スターが好きだから韓国語を学ぶということです。完全にその人の好みで、好きな言葉を選び、好きなように学びます。楽しく学べると思います。

 もう1つは国が義務教育として母国語以外の言葉を国民に学ばせたり、企業が会社の方針として社員に学ばせるなど、自分以外の組織の要請で学ぶ場合です。

 国なら税金を使って義務として学校で国民に学ばせます。企業なら査定の対象や海外派遣要員とするために従業員に外国語(主に英語)を学ばせています。

 多くの場合、後者の理由からやむを得ず外国語を学んでいる人のほうが、自ら率先して外国語を学ぶ人よりもはるかに多いのが現状でしょう。

 実際、この本を手にとってくださった方のほとんどは、後者側の方だろうと思います。

 ここで、日本という国はなぜ国民に、フランス語やイタリア語ではなく英語を学ばせるのでしょうか?

 英語の学習が本格的に始まったのは明治時代です。日本が「富国強兵」をスローガンに自ら産業を興そうと「殖産興業政策」をとります。

 そのとき西欧諸国をモデルにしますが、当時、産業革命を起こし、先進的な科学技術に関する知識を豊富に有し、また海軍が世界を席巻し、世界中に植民地をつくっていったイギリスの言葉である英語を学びました。

 西欧諸国と対等に渡り合おうとして英語を本格的に学び始めました。

 戦時中は敵国語として忌み嫌う時期もありましたが、1945年の無条件降伏後は占領軍とコミュニケーションをとるために、また国際社会の一員となるべく英語を学びました。

 ところがその後、占領軍は引き上げ、日本は平和憲法とアメリカの核の傘の下、世界に何かを主張することもなく、経済のことに専念できたので、英語を学ばなければという切実な状況はなくなりました

 もし動機があるとすれば、大学は人材の養成機関で、戦後は特に教員(小中高大の先生)や官僚、医者やなど、主に公共性の強い職業の人たちを養成していました。

 この職業の人たちは4技能を伴う英語よりも手っ取り早く日本語の手助けを借りながら、関連資料を読む翻訳の技能が必要だったからだと思います

 ただ、日本人全体で見たら、とくに昭和から現在まで、いわゆるサラリーマンと呼ばれる会社勤めの人たちが多く出現し、このサラリーマンにとっては長文読解も会話も関係のない人がほとんどでした。

 英語は多くの日本人にとって「身につけなければならないもの」という切実な動機のないまま、ふらふらとさ迷ったのではないでしょうか?

 中国文化を取り入れるために漢字を学ぶとか、西洋医学を学ぶためにオランダ語を身につけるとか、明確な動機が見えてこないのです。

 ふらふらとさ迷っていた時期に、日本は高度経済成長期に突入します。この右肩上がりの経済成長の時期に、池田首相が「所得倍増計画」と「持ち家政策」を掲げます。

 そしてこれらのスローガンの下、男たるもの「家を建ててこそ一人前」という価値観が生まれました。家を建てるためには、お給料をたくさんもらわなければなりません。

 お給料をたくさんもらうためには、一流企業や役所に就職したほうが確実です。

 一流企業や役所に就職するためには、いい大学を出たほうが有利です。いい大学に入るためには、受験に勝ち抜かなければなりません。

 また、大阪万博や東京オリンピックなどがあり、日本人も国際社会の一員として活躍したいというぼんやりとしてイメージがあったのかもしれません。

 行き場を失っていた英語は、いい大学に入るための主要5科目の一翼を担うことで、受験システムに組み込まれたのではないでしょうか?

 もともと大学には官僚の養成機関の側面があり、立身出世の登竜門でもあったので、自然の流れだったように思います。

 そうして、英語でいい点を取ることが将来の幸せの必要条件になっていったのです

 私が生徒の素朴な疑問に答えられなかったのは、日本という国に英語を学ぶ明確な動機がなかったからだったのです
posted by 佐藤 at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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